学校の授業にもAIが本格導入へ。制度と現場、両方の視点で考えてみた

先日の南日本新聞(2026年9月1日付)の一面に、こんな見出しが載っていました。

「授業にAI活用 初明記 中教審 小中から『情報』」

中央教育審議会が検討している次期学習指導要領の案で、小中学校の授業にAIの活用を初めて正式に明記したというニュースです。
教育の制度としてAIが本格的に位置づけられる、大きな節目のタイミングだと感じたので、今回は新聞記事の内容を整理しつつ、日々お客様やセミナーの現場で感じていることも重ねて考えてみたいと思います。

何が変わろうとしているのか

これまで「情報」という科目は、高校の必修科目「情報I」でおなじみでしたが、次期改訂案では小中学校の段階から「情報」に関わる学びを本格的に位置づける方向が示されています。
単にパソコンの使い方を教えるということではなく、AIをはじめとした技術をどう社会で活かすか、情報とどう向き合うかという視点が盛り込まれる見込みです。

紙の教科書と並行して、デジタル教科書を正式な教科書として採用する動きも進んでいます。
GIGAスクール構想で1人1台端末が整備されて以降、端末を使うこと自体は当たり前になってきましたが、今回の改訂ではさらに一歩進んで、教材そのものがデジタル前提に組み替えられていくイメージです。

各教科の年間授業時数について、学校ごとの裁量で調整できる仕組みを広げる方針も示されています。
地域や子どもの実態に合わせて柔軟に時間配分できるようにする狙いですが、一方で記事では「余裕のない現場では、かえって負担が増えるのでは」という教員側の不安の声も紹介されていました。
制度を変えても、それを回す現場のリソースが追いついていなければ、絵に描いた餅になってしまう、という指摘です。

英語教育でも「デジタル活用」が明記され、翻訳ツールや発音チェックなどのテクノロジーを学習に取り入れる方向性が示されています。
またプログラミング教育についても、小中学校での必修化がすでに進んでおり、今回の改訂でさらに位置づけが強化される見通しです。

AIは「先生」になるのか?という問い

新聞にはもう一つ、大きな特集記事もありました。
「AIが『先生』教員の役割は 加速する効率主義、検証を」というタイトルで、GIGAスクール構想以降のICT教育の歴史を振り返りながら、AIが教育現場に浸透していく中で、教員はどんな役割を担うのかを専門家の見解とともに論じた内容です。

記事が投げかけていた問いは、シンプルに言うと「効率化はいいことだけど、それだけでいいのか」ということだと思います。
AIが採点や個別最適化された問題演習を担ってくれるのは効率的ですが、教員にしかできない役割——子どもの表情を見て声をかける、迷いに寄り添う、といった部分まで効率化の対象にしてしまっていいのか。この「検証を」という結びの一言に、記者の危機感がにじんでいるように感じました。

制度は「これから」。でも、大人の現場ではすでに差がついている

ここまで新聞の内容を整理してきましたが、これを読んで一番に感じたのは「子どもたちがAIを当たり前に使う世代になる一方で、大人側・企業側は本当に準備できているんだろうか」ということでした。

普段、kintone導入支援やICTアドバイザーとして色々な会社にお邪魔していますが、AIの活用度合いには、はっきりと会社ごとの差があります。
日常業務にAIを組み込んで、資料作成や情報収集のスピードが明らかに変わっている会社もあれば、「気になってはいるけど、何から手をつけていいかわからない」と足踏みしている会社もまだまだ多いのが実感です。
子どもたちが学校で当たり前にAIを学ぶようになる数年後、この差はそのまま「AIを使いこなせる大人」と「置いていかれる大人」の差になっていくのではないか、と感じています。

もう一つ思い出すのは、自分自身がパソコンインストラクターだった頃のことです。
当時は「パソコンが使えること」自体が特別なスキルで、ExcelやWordの操作を教えるだけで喜んでもらえる時代でした。
それから何年も経って、今は「パソコンが使えるかどうか」ではなく「AIをどう使いこなすか」が同じポジションの問いになっています。
技術のハードルはどんどん下がっているはずなのに、求められるスキルの中身は確実に変わり続けている。
この感覚は、当時から現場に立ち続けてきたからこそ強く感じる部分かもしれません。

生成AIのセミナーをやっていても、参加者の反応は本当に様々です。
「もうすでに毎日使っている」という方もいれば、「ChatGPTって名前は知ってるけど、実際に触ったことはない」という方も、同じ会場に混在しています。
中には「AIに個人情報を入れたら危ないんですよね?」といった漠然とした不安から一歩を踏み出せずにいる方もいて、質問一つひとつから、世の中に流れている情報と、実際に現場で必要とされているリテラシーとの間に、まだまだギャップがあることを感じさせられます。
学校で子どもたちが当たり前に学ぶようになる内容を、実は大人の方が知らない——そんな逆転現象は、もうすでに起き始めているのかもしれません。

「作文、AIで書いてない?」問題

家庭に目を向けると、特に悩ましいのが作文や読書感想文などの課題でAIを使ってしまう問題です。

「自分の言葉で考えて書く」という課題の目的そのものが、AIに任せてしまうと成立しなくなってしまいます。
実際、学校現場でも「この文章はAIが書いたものではないか」をチェックする必要が出てきている、という話を耳にするようになりました。
文体の不自然な整いすぎや、語彙のレベルが本人と合わないことなどから見抜くケースもあるようですが、AIの文章がどんどん自然になっている今、見分けること自体がだんだん難しくなっているのも事実です。

これは学校だけで解決できる問題ではなく、家庭でも「どこまでAIに頼っていいのか」を一緒に考える必要があるテーマだと感じます。
禁止するだけでは子どもはこっそり使うようになるだけですし、かといって野放しにするのも違う。
「下書きのアイデア出しまではOK、完成文をそのまま出すのはNG」といった、家庭なりのルールを一緒に作っていくことが、これからの家庭教育にも求められてくるのではないかと思います。

まとめ

学校教育の制度としてのAI活用は、これから本格的に動き出す段階です。
ただ、大人の現場では、すでに「使いこなす人」と「足踏みしている人」の差が静かに広がり始めています。
子どもたちがAIを当たり前に使う世代として育っていく今だからこそ、大人側も置いていかれないように、今のうちに実際に触れて慣れておくことが大事なのではないでしょうか。

CoCoDigiでは、生成AIの活用セミナーに加えて、保護者やお子さん向けにデジタルとの付き合い方をお話しする機会も作っています。
「うちの会社でもAIをどう使えばいいか知りたい」「うちの子、AIとどう付き合わせたらいいんだろう」という方は、ぜひ一度お気軽にご相談ください。


※本記事は南日本新聞(2026年9月1日付)の報道内容を要約・参考にして執筆しています。

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